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アイスキュロス『アガメムノーン』など。

ギリシア悲劇の代表作ともいえる本作は、
どこまでが歴史的事実で、どこが文学的虚構なのでしょうか。

まず、王が隣国との戦争で10年ぶりに凱旋帰国すると、妻は他の男と出来ていた。
その男は、王を暗殺し、王の妃を自分のものにした。
後日談が別の作品であり、王の息子が男を殺して仇討ちをした。

このあらすじ自体は事実なのでしょうか?
紀元前のことなのでどこまで伝説でどこまでが史実かは不明なのでしょうか?
不倫をした妻の夫殺害の動機については諸説あり、この作品の中では「娘を夫に
生贄にされた恨み」からの積極的加担という面を異常に強調しています。
これは創作だと分かります。実際は消極的巻き込まれ乃至は追従程度だった
可能性も大です。

王は本当に、娘を戦勝記念の生贄などにしたのでしょうか?
息子による仇討ちなどは、後年に、本当にあったのでしょうか?

投稿日時 - 2020-01-24 16:21:56

QNo.9705146

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

お礼拝見しました!

>当時の歴史書=ヘロドトス『歴史』も確かめました。
>すると、両陣営ともに神々も付いていて人間と一緒に戦っている。
>あり得ない!

それは、ホメロスの「イリアス」ですよね?
ヘロドトスの「歴史」では、そもそもヘレネはパリスとエジプトに行った際に「誘拐はやめなはれ」と諭されて「エジプトで保護」されたがそれを知らないギリシア連合軍がトロイに行きヘレネ不在のトロイアで「返せ!返せ!」と10年間も「ここにいません!」とトロイア側からの説明を信じずに戦争が続きついにはトロイアを滅ぼしてしまった。

というものであった筈です。

私としては、そんなに国を滅ぼすほど「渡さん!」、「渡す!」なんてやってたよりも、、、情報伝達手段が発達してたら起きなかった戦争と考えた方が納得できるなあと思いました。

>トロイ戦争が実際にあったとしたシュリーマンの「証拠」も、

考古学シロウトなので、どのような方法で特定したのか知りませんが、例えば炭素の同位体の半減期から年代測定の方法が発見されたのは1947年ですからね。シュリーマンはとっくにお亡くなりになっています。でもそもそも伝承にある場所を発掘したら遺跡がある事を発見できて結果的にそれがトロイア発見につながったのですからいいじゃないですか?

投稿日時 - 2020-02-02 09:13:11

お礼

岩波文庫の、ヘロドトス「歴史」上中下を見ました。すると神様と人間が両陣営に居て戦っている・・・。それを観て嫌になりました。あとは索引で「アガメムノン」が登場する3ヶ所を見つけ、そこだけ拾い読みし、娘の首を刎ねて胴体を遺棄した記述を確かめて、それで終わりにしました。「エジプト保護」は読んでいません。ガセだったなんて!

> 情報伝達手段が発達していたら

ロミオとジュリエットの悲劇も起きませんね。
*ケータイ会社は、CMにすると面白い!

> どのような方法で特定したのか知りませんが、

詳しくはこちらを。
「考古学におけるトロイア戦争
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%82%A2%E6%88%A6%E4%BA%89

投稿日時 - 2020-02-02 20:53:41

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回答(3)

お礼拝見しました!

>『平家物語』の清盛が悪逆非道に描かれていても、史書によればたいへん
>繊細で思いやりのある面もあり、さわやかな人だった可能性もあると
>第一人者がおっしゃっていましたから、)文学と史実とは
>相当に違うようです。

たしかにそうですね。可能性としてはどちらもありますね。

アガメムノーンは悪代官だとずっと思っていましたから、これは勉強になりましたよ。

それにしても、史実を確かめようもないほどボコボコにされてしまったトロイアですが、伝承によればそのトロイア王家の人間がローマを作ったわけですから不思議なものですね。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%81%AE%E5%BB%BA%E5%9B%BD%E7%A5%9E%E8%A9%B1

投稿日時 - 2020-01-31 16:03:59

お礼

再びの回答をありがとうございます。

不思議は、沢山ありますね。
(1)トロイ戦争で、ギリシア(アテナイ)の知将が木馬を作って相手陣営に潜らせ、それによって敵を内部から攻撃して崩壊させたのは「トロイの木馬」として今でも有名ですが、その前にギリシア(スパルタ)の王妃ヘレンがトロイアに拉致され、これが原因で貿易の要衝として富栄えたトロイアを攻撃する大義名分となったのも、(うがった見方をすれば)「スパルタの木馬」だったとも見えます(つまり「つつもたせ」)。現にヘレンは最後はスパルタ(の夫の元)に戻っています。ーーーあの後DVD『トロイのヘレン』をレンタルで観て、強くそう思いました。(『ベンハー』や『十戒』のような名画でした。(@_@) )
(2)当時の歴史書=ヘロドトス『歴史』も確かめました。すると、両陣営ともに神々も付いていて人間と一緒に戦っている。あり得ない! 伝説どころか神話までが入り込み話になりません。日本なら『日本書紀』のような神話の世界。1200年後の中国の司馬遷が『史記』で相当に実証的な史実を書き残しているのとは大違い。ローマの建国神話周辺にも、神と人との混交で子どもが生まれたりで信用できません。
(3)ウィキも見ました。すると驚くことが分かりました。トロイ戦争が実際にあったとしたシュリーマンの「証拠」も、今となっては考古学的な大間違いだった! 古い第2層ではなく、後に弟子が上の第6層だとした所でもなく(これは地震による破壊跡)、現在ではもっと上の第7層がトロイア戦争による焼け跡だとされているそうです。シュリーマンは間違ったものを見て「証拠」だと錯覚していた。学問でさえも定かではなく、ましてや誇張・装飾・潤色等で面白くする文学ではー。神話と伝説の文学を読んで、これは事実か否かと考えること自体が間違いでした。お話として楽しむ世界のようです。
*「講談」もノンフィクションではなく、話をだいぶん盛っています。今回はそれと同じ、いや以上です。
(4)『徒然草』の兼好が言う通り。”世に語り伝えていることは本当はそうではなくて、多くはみなウソである。”
当方の愚問に付き合わせてしまい済みませんでした。<(_ _)>

投稿日時 - 2020-02-01 17:40:55

考古学者の方が回答してくれたらいいのにと思って見守っていましたが、回答がないようなので、考古学も歴史も素人の私が回答します。

>このあらすじ自体は事実なのでしょうか?

そもそも、シュリーマンがトロイの遺跡を発見するまでトロイア戦争自体が空想だと思われていたのに、そこまで細かい事が分かるのか?と思いました。

調べ物は学者さん達の論文検索にかぎるので、ちょこちょこ言葉を変えて英語で論文検索してみましたが、出てきませんね。誰も調べていないのか、存在する論文が古すぎるのか、、、。(古すぎても検索できないので。)

文学としての批評をした論文なら出てくるのですが、歴史的事実かどうかは出てきませんでした。

それでも一応ホメロスのオデッセイアに、

>王が隣国との戦争で10年ぶりに凱旋帰国すると、妻は他の男と出来ていた。
>その男は、王を暗殺し、王の妃を自分のものにした。
>後日談が別の作品であり、王の息子が男を殺して仇討ちをした。

の逸話はでてきますし、同じくホメロスのイリアスでもアガメムノーンの鬼畜っぷりはでてきますので、まあ「殺されても文句言えない人だった。」と思います。

>紀元前のことなのでどこまで伝説でどこまでが史実かは不明なのでしょうか?

というわけで、そうなのだと思いますよ。(たぶん)

>この作品の中では「娘を夫に
>生贄にされた恨み」からの積極的加担という面を異常に強調しています。
>これは創作だと分かります。

どうして分かったのですか?
古代の人から見たらは、「生贄」も「人身御供」もありえる事だったのではないでしょうか?

>王は本当に、娘を戦勝記念の生贄などにしたのでしょうか?

戦勝記念の生贄じゃなくて、トロイアに行く前に生贄にしたはずですが、、、。

>息子による仇討ちなどは、後年に、本当にあったのでしょうか?

あったんじゃないでしょうかね?
ホメロスも歌に残したくらいですから。

投稿日時 - 2020-01-26 13:53:23

お礼

ウイキを見てもギリシア悲劇関係の記述自体が薄く、回答する人も貴方以外にはなく、
専門書を調べていたためにお礼が後れました。簡単に答えらえれる問題ではないようです。

結論から言うと、「伝説」なのでどこまでが事実か真実かは不明、みたいですね。
研究者たちさえ昔から論争している点が多々あるようです。
ただし、あくまで「文学」としての<創作的影響関係>を論じるものです。
古い元ネタ事実は何かあったのでしょうが、多くは文学的装飾、誇張、歪曲で・・・。

「戦勝記念の生贄」は変換ミスでした。すみません。
「戦勝祈念の生贄」でした。
神のお告げか予言かを恐れて、戦争前に娘を生贄にしたとなっています。
スパルタ出身とする類似作品もあるので暴虐だったのかも知れませんが、
(『平家物語』の清盛が悪逆非道に描かれていても、史書によればたいへん
繊細で思いやりのある面もあり、さわやかな人だった可能性もあると第一人者
がおっしゃっていましたから、)文学と史実とは相当に違うようです。

ホメロスのイリアスでは、王妃は消極的加担の線で収めているとのことです。
役者・解説者の久保正彰氏もその説を採っておられます。

参考文献:『ギリシア悲劇全集』(2007年3刷=初刷1990年、岩波書店)
     に所収の「アガメムノーン」久保正彰訳・解説

投稿日時 - 2020-01-28 23:18:46

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