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締切り済みの質問

高校三年の男です。学校に行けなくて困っています。

長文になり読みにくくなってしまっています。
申し訳ありません。

あたたかい御反応をいただけたら幸いです。

よろしくお願いいたします。












今学期から高三生となりました。

学期初めの始業式、HRなど三日間程登校することができましたが、
以降先週は全く登校することができませんでした。


「一週間休んだくらいで」とか「甘えないで行け」とか思われてしまうのだと思います。
でもなぜか自分でもわかりきってるそんな簡単な『一歩』がどうしても踏み出せないのです。









話が脱線して申し訳ないのですが、少し僕自身の昔話をさせていただきます。



僕は小さい頃から忘れ物が多かったりすぐに物を落としたりしてしまう子でした。

そんな僕は集中力と頑固すぎるほどの真面目さがあり、そのおかげが某国立小学校に運良く入学することができました。

その後、少し特殊な環境ではありましたが何の変哲もない小学校生活を送り、附属の中学校へと内部進学しました。
附属と言えど軽い進学試験はありましたが到底「受験」と呼べるようなものではありませんでした。



中学校では小学校からの付き合いがほとんどという環境や、持ち前のコミュニケーション能力の高さからいつの間にか部活やクラスの中心・先頭的存在となっていました。
他学年からの知名度も高く、校内では割と有名な存在でした。
(主観的、客観的また医学的にも見た僕の長所の一つのようです。)


しかし、そんな人間関係や娯楽等にうつつを抜かしているうちに成績はどんどん落ちていき、高校の内部進学を自主的に断念しました。

受かるだろうと教員からは言われていたのですが、さらにハイレベルになる高校の授業への不安や、今までずっと同じ仲間たちと同じ世界で生きてきていたので外に出てみたくなった為、外部受験を決意しました。


今振り返ってみると、
故意ではありませんが『「憧れの対象」としていつの間にか見られるような存在になっていた自分』と『本当の自分』とのギャップに無意識に耐え切れなくなっていた事、そして試験に落ちてしまった未来の自分を想像したときに、格好悪いことですが「憧れの対象」としてのプライドが許さなかったのだと思います。




そして現在通っている某都立校に進学しました。

9年間も同じ仲間がいるぬるま湯のような環境で過ごした僕は、案の定、入学当初から友達ができず孤立していました。
誰かに声をかけることは苦手ではないのですが、初めて知らない人たちの中に埋もれた緊張と動揺から何もできず塞ぎ込んでしまいました。

とは言え他クラスに小中と一緒の学校の親友がいたり、中学校から始めたハンドボール部に入ったりと徐々に交友関係も広がり、平凡な日々を過ごしていました。


そんな「平凡な日々」をすごす「平凡な自分」の脳裏を過ぎるのは「憧れの対象」だった『過去の自分』でした。

今の「平凡な生活」に不安はありませんでした。
あの日々も今思えば幸せで、大切な大切な毎日でした。


しかし愚かで無知で子供だった僕は『過去』にとらわれ続けていました。

昔のクラスメート、チームメイトなどと頻繁に会い、中学校にもよく遊びき行き同窓会の幹事も担当しました。

そんな自分への自己嫌悪、かつての同級生からどう思われているか悲観的にとらえてしまったこと、また当時のクラスメートたちへの申し訳なさなどで、
僕の中の何かが弾け、崩れてしまいました。




2012年10月雨が降っていた登校日のある土曜日のことでした。

制服を着た僕は、どうしても学校に行きたくなくて「行ってきます」と親に伝えたまま雨の中当てもなく自転車をとばしました。

行き着いた先は、中学のクラスメートとBBQ等の同窓会をした海浜公園でした。

呆然とした僕は降りしきる雨の中、柵の向こうの荒れ狂う海を見つめていました。
どれだけの間そうしていたかは覚えていません。

ただ、柵に手をかけ乗り越えようと力を込めた時に近くに清掃員の方がいたのを見つけ我にかえったことだけは覚えています。

その日は、無断欠席、連絡手段のシャットアウト等を柄にもなくしてしまったため、あと少しで警察沙汰になるところでした。



それから僕は学校に行けなくなりました。
混同してしまいそうな複雑な話、かつ拙い文のため読解しにくく申し訳ありません。

これは二年前、高1の時のことです。



精神状況が不安定なままの不登校は続き、精神科にも数件伺いました。
そして自分に合った医師、カウンセリングの先生と巡り合うことができ徐々に回復していった僕は単位や出席単位もギリギリではありましたが保持し、無事高校二年生に進級することができました。

当時診断された病名は「躁鬱状態」でしたが、理性もあり「うつ病」とはっきり診断することはできなかったようです。






高校二年生になった僕は、初夏頃に親身に支えてくれる良きパートナーもでき、また「平凡な」高校生活を過ごしていました。
しかしちょうどその頃から、高1のときに仲が良かったクラスメートが僕と同じような状態になり不登校になってしまいました。

「仲間が苦しんでいる」それだけでも放っておけない性格に加え、「自分と同じ苦しみを味わっているのか」といてもたってもいられなくなった僕は元クラスメートの仲間たち等と学校前の早朝に家まだ迎えに行ったりと自分勝手に尽力しました。

しかし彼は結局、戻ってくることはありませんでした。
もっと的確な対応ができたのではないか、無我夢中になりすぎて距離感を間違えすぎていたのではないか、
あの頃のことを思うと後悔ばかりがあふれてきます。


そしてその影響からか、僕自身もまたちらほらと学校を休み始めてしまいます。
パートナーの支えもあり何とか登校することが増え安定してきたと思っていました。



しかし9月に行われる文化祭関連で一悶着あったりと段々僕の心内は崩れそうになっていきます。

不安定な僕はパートナーを無意識に傷つけ疎遠になっていき11月のはじめに別れました。

対象喪失によりここで崩れると思いきや持ちこたえ、後悔と感謝とこれから頑張ろうという気持ちで悲しみを誤魔化していました。


そんな不安定すぎる状態のまま行った修学旅行で全てが崩れました。

独りになりたくてもなれず、ハードなスケジュールにもついていけず、だれとも会いたくなくなってしまっていた状態での集団行動。


地獄でした。


修学旅行明けの一週間程は自分を誤魔化し登校していましたが、本当の地獄はこれからでした。



一学期、二学期でちょくちょく休んでいたツケがここで来ました。


誰とも会いたくない独りでいたい。
何もしたくない何をする気も起きない。
でも、
欠席すると日数の関係で退学。
考査である程度の点数を取らないと成績不良で退学。
学校からは「もう諦めろ」という圧力。

元来の性格から本音を隠し偽り、抱え込むタイプで誰にも頼れず、
ただただ夢か現実かもわからない毎日を独りで生きました。

登校し、机に伏せ、誰とも話さず、必要な授業のみ出席し、めまいで倒れそうになりながら帰宅。

話す相手は母親かカウンセリングの先生、精神科の先生、担任の先生くらいでした。

あの頃、本当に「現実に」生きていたのかは今でもわからないほど辛辣な日々でした。



しかし大人の方々の支えと自身の意地で出席も成績もクリアした僕は段々と「普通」に戻ることができました。



そんな日々のなかで嫌になるほど自分と向き合い、様々なことを学びました。

対処法や自分への対応についてたくさん、たくさん知りました。















でも、現在学校に行けません。


春秋に起こる季節性の躁鬱かもしれませんが、不思議と今の心は安定しています。
ただ自分の四肢が異物であるような感覚など、過去の感覚を彷彿とさせるようなことがあるのも事実です。

精神薬、睡眠薬、ADHD(注意欠陥、多動症)の傾向があるのでその作用を抑える薬は一年以上服用していて自己管理できています。
先日は抗鬱剤を処方されました。




学校に行きたくないわけじゃないのですが、行きたいわけでもなくて…
今の引き籠り生活に悪い意味で慣れてしまったのかもしれません。






どうしても、どうしても「一歩踏み出す勇気」がでません。


「きっかけを作ろうとする意欲」がわきません。



「頑張ろう」って、思えないんです。





たったこれだけの読みにくい昔話じゃ僕のことを大して知っていただけないとは思います。


でももう、自分じゃどうすればいいか「わかってる」のに出来なくて。

どうしたらいいか「わからなくて」。



仲間に頼れなくて自分に溺れる弱虫な僕にはもう顔の見えない第三者的立場の皆様にご意見をうかがうのが精いっぱいで…








長々とした内容になってしまい申し訳ありません。
最後まで読んでくださり本当にありがとうございます。
それだけでも感謝の気持ちで一杯で少し気も楽になった気もします。










助けてください、とは言いません…

何かあたたかいお言葉、アドバイス等いただけたら、とても、とても嬉しいです。






よろしくお願いいたします。

投稿日時 - 2014-04-21 11:56:17

QNo.8563062

すぐに回答ほしいです

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回答(13)

ANo.13

今は便利だけど不便な、矛盾した世の中で、心の揺れや不安は、全部、心の病として片付けられてしまう。
本当に躁鬱や鬱傾向がある人は、こんなに自己分析できない。
個人的には、精神的にも心理的にも、何ら問題はないと思う。

精神科での薬の処方は、結果、対処療法でしかなく、根本療法にはならないと思う。
逆に、対処療法に慣れすぎてしまって、自身の状況を心の病とする方向で安心させようとしている。
しかしこれは間違い。心の病って、結局、考え方を司る脳の不調であって、それは「体の病」であると思う。
質問者さんは、心理を自己分析することはできているが、体のことは自己分析できていない。これは「心の病」を訴える人に多い。
たぶん、精神的には疲弊しているが、肉体的には健康そのものだと思う。だから「体の病」だと思っていない。

一日、健康的かつ活発に動き回っていれば、肉体的な疲労が生まれる。疲労の回復のために休息(睡眠も含めて)が必要となる。
実は、この単純なサイクルとして「体が疲れる」ことが、「心の病」を訴える人には意外と少ない。だから意味も必要もない休息をとってしまっている。
17~18歳という若さは体力もある。だから、一日、ごく普通に過ごす程度では体が疲れない。
心の休息が必要であれば、徹底的に「体を疲れさせる」こと。徹底的に「体が疲れる」ことで、人は自然と休息をとり、それによって心の休息も行われる。「体が疲れない」ということが「体の病」でもあるんです。

質問者さんは聡明で理知的なので、「体を疲れさせる」方法はご自身にお任せしますが、重要なのは、「心を治す」のではなく「体を治す」ことへと意識を変えてみることです。そして休息をとるためには、肉体的疲労が必要であり、「治す=疲れさせる」ということです。


ーーーー


その他、細かく気になる点を指摘しますが、ひとつは「挫折していないこと」と「目標がないこと」が気になります。

おそらくこれまで、家族・友人など、周囲に暖かく守られている環境であったため、大きな挫折をしていません。
小さな挫折は多々あり、それにより「挫折感」は積み重なっていますが、しかし決定的に大きな挫折はしていません。
大きな挫折をしそうであったポイントは以下。
・内部高校を自己判断で断念→内部高校への進学を希望したが受験で落ちた
・高校2年で留年・退学の可能性があったが意地と努力で回避→進級できずに留年、または強制退学
・パートナーと疎遠になり破局→パートナーと大げんか(浮気などが原因)をして破局

パートナーの部分は余計であったかもしれませんが、ひとまずは年齢通りに、ごく普通に「高校生」をやっていますが、場合によっては「高校生」という身分ではなくなるような、大きな挫折の可能性もありました。
しかしこれを回避できたことは、もちろんご自身の努力にもよりますが、挫折させまいとする周囲の応援もあったからだと思います。
ですが、大きな挫折は、新たな目標を決めたり意欲を生むために必要かつ重要なことです。
時間を戻すことはできませんので、今後、大きな挫折をすることを恐れず、またその回避策を考えないようにしてみてください。
具体的には「高校を辞める→大検受験→東大受験→浪人(新たな目標を見つける)」…などです。
大きな挫折が、心理的にもターニングポイントとなってくれるかもしれません。


つぎに「目標がないこと」についてですが、こちらは前述した、挫折の必要性にも近いです。
ただ、この質問から判断するに、現在の質問者さんの生活上での主目的が「学校に行くこと」「心の病をなんとかすること」になっています。
高校を辞める、といった挫折により、目的のひとつは達成されます。これは「失敗」という結果も含めて目的がひとつ消えるからです。成功しないと目的が達成されない、といった考え方だけが良いとは限りません。
心の病をなんとかするのは、冒頭で述べた通り、心の病として対処することを止めればいいので、これも目的がひとつ達成されます。

つまり、いまの質問者さんは、現状に対処することが目的・目標になってしまっているので、長期的な目標が立てられなくなってしまっているのです。

長期的な、将来の目標を今すぐに立てるのは難しいかもしれませんが、ここに述べた通りで、考え方ひとつで現状は簡単に変わります。
挫折をひとつの目標と据えてみるのも良いかもしれません。


ーーーー


最後に、個人的な体験として。

僕は、中学の時は成績も良く、またそこそこスポーツで伸びそうだったので、進学校でかつスポーツの実績のある高校に入りました。
高校に入ると、成績は一気に下降。入学当初は上の部類だったのが、中~下へ、最後は学校内での最底辺クラスにまで下がりました。
ただ、これは僕にとっては挫折ではなく、スポーツの方で伸びる、と自分を信じていたからです。
ですが高校3年間、結局は中学の頃の実績をスポーツでも挙げることができませんでした。
今でも思い出すと悔しいです。部活の顧問が「アイツ(僕)は…でやっぱり通用しないから、お前ら(他の部員)が頼りだ」と、僕のいない場所で話したことを、同学年の部員から聞かされました。
自分がいる場で話されたのなら叱咤激励として受け取ることもできますが、自分がいない場で話されたということは顧問の本心なのだろう、と推測し、すべて打ち崩されたような無気力な気分になりました。
他の部員とも僕の方がひがむような形で険悪となったものの、今思えば、結果論として、そのときの経験がなければ、ポーツとはまったく違う別の道を選ぶこともできなかっただろう、と思っています。

ちなみにあまりにも多感で感情の起伏が激しすぎるので、小学校の頃から、通信簿の備考欄に「感情の起伏が激しい」と注意をつけられていたような子供でしたけど、まあ、大人になってコントロールできるようになっても本質は相変わらずで、けれどそんな自分が気に入っていたりします。
質問者さんと同じように、10代後半の頃にパニック障害であったり、電車に飛び込もうとして止められたり、いろいろやらかした黒い歴史もあり、また僕はゲイなので、今日でも社会生活の中で自己のすべて晒すことができない葛藤もありますが、そうしたものも含めて現状に対しては肯定的になれています。


ただ、こうした自己肯定感は、もちろん成功によっても生まれるかもしれませんが、挫折や葛藤を経ても、諦めや妥協といったものではないものとして生まれると思っています(葛藤はまだありますけどね)。

投稿日時 - 2014-04-26 03:49:17

お礼

質問者です。

質問してから長い間応答できずに本当にすいませんでした


あれから色々あり今は「いっぱいいっぱい」というような状態ですが、
今までの経験などからどうにか前に進めています。

これからのことはわかりませんが、自分のやりたいように、自分の未来のための道をゆっくり探しながら歩いていければいいなと思っています。




皆様有難いお言葉、助言の数々本当にありがとうございました。




皆様すべての御意見に勇気をもらうことができました。
そのためベストアンサーは選べません、、、

すいません。




申し訳ないのですが、

当サイトの仕組みもよくわからず…
また、皆様に御返事を返せる体力もなさそうなので一番新着コメントの方へのお礼欄をお借りして、

少しの現状報告と皆様への心からの感謝をお伝えしたいと思います。




本当に、ありがとうございました。

投稿日時 - 2014-06-21 22:32:51

ANo.12

読ませていただいて、本当に自分の良いところ、悪いところ、すべて理解している人なんだなって思いました。だからこそ、この先起こり得ることも、だいたい予測できていて、勇気が出ないんだろうと。


大丈夫です。
かっこわるくても、うまくいかなくても、そんなのよくあること。
ゆっくり大きく深呼吸して、動き出して。

過去にとらわれてしまったのも、自分に意地をはって生きてきたからではないでしょうか?
まわりには、理解ある大人、そしてお友達もいるようですから、
肩の力をぬいてみてください。

大丈夫。あなたならできると思います。こわがらずに。

投稿日時 - 2014-04-26 00:39:46

ANo.11

おばさんです。

苦しいよね・・・。
思春期の心の揺れ、漠然とのしかかってくる不安…。

きっと、今は・・・自分をごまかすこともできず、逃げるすべもわからず、向き合うしかない時期なんだと思う。
私もこの時代は苦しかったなぁ。
表に出している明るく元気な自分と、夜眠れないほど不安に押しつぶされた裏の自分に、バランスを保っていくのが凄く苦しかった。
<何が>という明確なものがなかったからこそ、よけいに<見えざるもの>に対して怖かったんだと思う。
なぜ、生きるのか…。
死について…友達について…。
1人の自分は、冷静に<自分はそこまでバカじゃない>と、たかをくくり、もう1人も、<上手く立ち回れるさ>と、目を背けていた。
でも…家族が寝静まったら…不安に押しつぶされるだけの自分しか出てこない。
何を求めているのか、何が不安なのか…何の答も出ないまま、ただただあがき、苦しんでいた。
死が怖いのか…。
自分に自信がない不安からなのか…。
人を信じきれない不安からなのか…。

でも、このまま無難(?)でまし(?)な道を進むんだろうと、どこかで漠然と気付いていた。

どこかで…上手く立ち回るだろうと感じている自分と、そんな自分を<大人のように汚い>と卑下し、罵っている自分。
感受性も自分だけに向けられて、ピリピリにとんがっていたんだ…夜は…。

漠然としていすぎたから、答えなんか出やしない。
だからといって、眠ることもできず、目は冴え、辛い夜が過ぎていくだけだった。
いつも眠りにつくのは外が薄ぼんやりしてきたころ…。
自分の中ではその微かな明るさが、眠りにつくことを許された証のように感じられていた。
そんな迷いの中、ふと思い立って、家族が寝静まった中、階段を下りて台所に行った。
悩んでも悩んでも答えが見つからないから・・・どういう感覚か…きっと試してみたかったんだと思う。
包丁を手首に当てた。
凄く冷静だった。
驚くほどすっきりしていた。
そして気がついたんだ。
あぁ、持っている右手を引きさえすれば…死ねるんだ。
死って、こんなに簡単なものだったんだ。
あんなに長く苦しんで、あんなに怯えて、あんなに悩んでいたのに…こんな簡単なことだったんだって…気づいたんだ。
こんな簡単なことなのに、何をあんなに苦しんで悩んでいたんだろう・・・って。
そうしたら…なんか・・・<今>焦って答えを出さなくてもいいんじゃないか…と、思えた。
自分がどんな答えを出すかはわからないけれど、<今>無理やり捜さなくてもいいんじゃないか…と、思えた。
漠然とした<死>が怖かったのは、それはそこから離れよう!引き込まれたらいけない!…という思いだったのかもしれない。
そこから逃げるんじゃなくて、常に隣にあっても…構わないものなのかもしれない…。
怖がるんじゃじゃなくて、常に隣に置いておいても…構わないものなのかもしれない。
それが、私が<死>を受け入れられた瞬間だったかもしれない…。

<もう、これ以上苦しまなくて、良いんだよ・・・>
<これ以上の苦しみはないんだよ・・・>
<今が苦しみの底なんだ・・・>
<ここまで苦しんだのだから、もう充分だよ・・・>

外が薄ぼんやりするまで、押しつぶされそうな思いに苦しんできた恐怖に、そう、自分の内側から声が聞こえたような気がした。
<私なんかじゃ太刀打ちできない、大きくて、重くて・・・神の領域(?)>からの気がした。
だから、もうこれ以上は、どんなにあがいたって、<人間>が答えなんか出せるはずがないと、出しちゃいけないと、思えたんだ。
これ以上は、神の領域(?)なんだと思えたんだ。

本当に不思議なんだけれど・・・ここまで悩み苦しんだ自分が、許されたように感じられたの。
弱い私でも構わないんだよって、自分で自分を受け入れられたような気がしたの。
今までささくれ立っていた心の中が…ほんの少しだけどどこか素直な自分が見えたの。
悩んでいた自分も、がんばっていた自分も、ツッパテいた自分も、苦しんでいた自分も…あぁ、み~~んな<私>なんだって、素直に感じられたの。

でも、気持ちは少し穏やかにはなったけれど、今までの癖(?)でなかなか寝付くことができなかった…。
そのときに素直に<生>と<祈>という字が浮かんだんだ。
無神論者だけれど、神の領域(?)と感じたせいかもしれない。
その2文字をベッドの頭の部分に彫りこむように書き…布団にもぐりこんだ。
導き出された(?)<生>と<祈>の文字が守ってくれる…と、現れる不安をかき消した。

そのときからだよ。
夜でも眠れるようになった。
なかなか友達に対してはまだまだ弱い自分は出しづらかったけれど、自分では自分の弱さを<私の一部分>として、認めてあげられるようになっていった。
なんか、ちっぽけな自分自身が<いとおしく>も感じられた。

悩んだり、迷ったり、苦しんだりしても…<今はどうあがいても仕方ないんだ、とことん悩めば底に着くさ><限界まで悩んだら、あとは浮き上がれるさ…>…と、悩むことにも少し余裕を持ちながら(?)付き合えるようになった。
これが私の私なりの<悟り(?)>

貴方はこれからだね。
でもね、あせらないで。
ゆっくり、ゆっくり、今、貴方が目を背けている貴方自身を、いつかいとおしく受け入れられたら良いね。

吹き付ける風や、雨の音や、お日様の暖かさや、親の見返りを求めない<無償の愛>や、ひっそりと咲く名も知らない花や、猫のぬくとさや、見事な桜の散り際や、足が出てきたおたまじゃくしや、コロンとした足元の小石や、雷鳴や、枯れ枝から出てきた若芽や、打ち寄せる波や、ろうそくの炎や、さなぎの羽化や、鳥のさえずりや、甘い花の蜜の香りや、沈む夕日や…たくさんの自然が貴方を囲んでいる。
ただそこにあるだけで、見返りなんか求めていない。
そんな自然に…身を委ねながら感謝できたら良いね。
苦しんできた貴方自身にも、素直に感謝できたら良いね。
良くがんばってきたね…と、いたわってあげられたら良いね。
弱い貴方や、期待にこたえられず苦しんだ貴方を、貴方自身が好きになってあげられたら良いね。

今を乗り越えようなんてあせらないで。
自分を支えようなんてあせらないで。
ただ、<愛おしさ>という愛で・・・苦しんでいる貴方自身に一緒に寄り添っていかれてね。

<愛おしくて><切なくて>…大切な<貴方自身>・・・。
いつか、貴方自身が・・・何の気負いもなく、そう思えますように・・・。

大切な<貴方自身>・・・大事にしてあげて・・・。

投稿日時 - 2014-04-22 02:28:42

ANo.10

お前、天才だね!
貶してるんじゃないよ!
文面と自己分析のすごさだよ!

この文面書けるのは、多少の勉強や努力や少しの才能で書ける人もいる。

しかしだ、そこまで自己分析のできる人間、ましてや高校生など皆無だ!

正に天才だ!

ただ、馬鹿と天才は紙一重っていうが、紙一枚分行き過ぎてるだけだ!

この自己分析能力を、世のために使ってほしい。
その為には、こっちに紙一枚分戻ればいいだけだ!

お前にはできる!お前にしかできない!天から授かった宿命だよ。

でも、無理はするな!ゆっくりでいい!安心しろ皆でバックアップする。

もし宿命って言葉が嫌なら、無視しろ。

日本の文化や社会は、欠点を修復させる理論だが、俺自身は、長所を伸ばす理論だ!

投稿日時 - 2014-04-22 00:59:57

ANo.9

就職めざすか。

投稿日時 - 2014-04-22 00:34:32

ANo.8

 カウンセリングの世界では、『できない』は『したくない』と読み替えるのだそうです。『心の準備が出来てから・・・』、不要です。気負いもいりません。
 森田療法の「自然に服従し、境遇に柔順なれ」という言葉を紹介します。「冬は寒い」、「人前で緊張する」、「なかなか寝付けなくて苦しい」などという気持ちは心に浮かぶ自然の現象ですので、仕方なく我慢するしかありません。(=自然に服従する) 仕方がないから我慢して、与えられた境遇に応じて、なすべきことを実行することを「境遇に柔順」と言います。(緊張しながらも、話すべきことを話す。寝付けなくても体を休めて眠りをゆっくりと待つなど。)
 つまり、この言葉は「あるがまま」と同様の意味となります。
 尚、仏教で「南無阿弥陀仏」と唱えますが、「南無」とは「帰依する」、「お任せする」の意味で、「阿弥陀仏」は「自然」を意味しますので、「南無阿弥陀仏」=「自然にお任せする」=「自然に服従」とつながっていること、森田療法は仏教そのものであることを故馬杉保先生から教えていただきました。

 ゲシュタルト療法では、感情のおもむくまま、ダイレクトに表現することを要求します。
 1)過去にとらわれず、未来を思い煩わず、今に関心を持つ
 2)目の前に存在しないものは取り扱わないこと。
 3)「多分、~だろう」とか「~かもしれない」という想像にふりまわされず、現実を体験すること。
 4)余計な事は考えずに、素直に感じたままの感情を大切にする。
 5)他人を操作したり裁いたりせず、また言い訳したり自己を正当化したりせず、 素直に。
 6)ネガティブな感情を感じた時は、逆らわずに逃げないこと。しっかりと受け止める。
 7)自分以外の人から 発せられる命令「べき」を受け入れないこと。
 8)自分の行動、感情、思考については自分が全責任を負うこと。
 9)あるがままの自分を良しとし、それに徹すること。

 結局のところ、あるがままを受け入れること。

投稿日時 - 2014-04-21 21:39:43

ANo.7

#6です。お礼コメントありがとうございました。

それとは別に、他の方へのコメントも拝読して、もしかしたら参考になるかもしれないと思いましたので再投稿失礼いたします。

死への渇望は私もしょっちゅうありますので、完全肯定はできませんが、しかしいけないことではない…少なくとも「私からすると、否定できない」ことです。
まずは、そのことでご自身を責めないでください。

その上で、私自身が救われたことのある考え方があります。

それは、「自分とは魂だけの存在だ」ということです。
要するに、肉体は魂とは別で、「私」という魂に偶然連れ添ってくれている「肉体」という存在。
これは、何かあれば離れ離れになるかもしれない「他人(親兄弟含む)」とは全く別で、今回の人生の中で最後まで連れ添ってくれている存在です。

なので、その存在に感謝し、いたわるべき、という考え方です。

上手く説明できているかわかりませんが… 伝わりますでしょうか。


自分の体に「付き合ってくれてありがとうね」と声をかけてやると、何か少し気持ちが変わる…かもしれません。

投稿日時 - 2014-04-21 19:07:23

ANo.6

何と言ったら伝わるかわかりませんが

気持ちはすごくわかります。
私もそういう気質があるので。

甘えだという人はいるかもしれませんし、私もそう思わないわけでもないです。
ただ、「甘え」の一言で解決できてしまう人とは見ている景色が違うんですよね。
そこもわかります。
視点が違うんです。
でもそれは個性なので…

でも動き続けたほうが良いと思います。
辛くても、何だかんだで学校には行った方が。
私も電車の中で泣きながら登校したことが何度もあります。
理由は明確にはわからないんですが、とにかく泣いてしまったことがたくさんあります。

でも、そうやって動き続けていると、ある時フッと何かを掴むことがあるんです。
それは質問者さんより一回り以上年上になった今でもそうです。
日々鬱々と泣きながら過ごしていても、突然フッと手に入れる瞬間があるんです。
…でも、そこを通過するとまた鬱々とした状態に戻るのですが…
多分私は周りに浮かんでる何かを掴みながら生きていくんだなーと思っていますが
友人に相談してもわかってもらえないので、全員がそうだというわけではないようです。
でもひょっとすると、質問者さんはそうかもしれません。

抽象的な内容になってしまいましたが、もしどこか参考になれば幸いです。

投稿日時 - 2014-04-21 17:32:50

お礼

回答ありがとうございます。


泣きながらの登校という行為にとても共感しました。
僕自身も何度も何度も誰にも見せないように泣いていました。
理由もわからなかったです。


回答者様のような経験を僕もしたことがあります。
二年前、一年前のうつ状態、不登校、対人恐怖症の時はそれ近い感覚がありました。


やっぱり「動くこと」が大切なのですね…

共感してくださってとても嬉しかったです。
似たような境遇の方の御意見、とても参考になりました。

本当にありがとうございます。

投稿日時 - 2014-04-21 18:12:44

ANo.5

おばさんです。

あとで遅くなるかもしれないけれど、書き込みをさせていただきます。

投稿日時 - 2014-04-21 16:26:45

補足

本文に説明不足の点が少しあったので、まことに勝手なことではありますが補足させていただきたいと思います。



『過去』への囚われは高1の秋(一回目の鬱・不登校)を乗り越え解決しました
高2の冬(二回目の鬱・不登校」)では人間関係も回復できました

現在(三回目)こうなったきっかけもわかりません。
体調は良いとは言えませんが、抗鬱剤などのおかげか不思議と安定はしています。


なのに、外に出れないんです。
『勇気』が出ないんです。
『きっかけ』が作れないんです。

何がかは自分でもわからず不安と焦りで押しつぶされそうになっているのですが、
何かが、怖いんです。


きっと、何かが掴めれば何の問題もなくまた学校に行けると思います。

でも、その「何か」がわからなくて、押しつぶされそうになるんです。


抽象的な表現でわかりづらく申し訳ないのですが、
この現在の悩みについての御意見も頂けるととても嬉しいです。



もう過去に二度も経験してるのに、またこうして自分でも自分がわからなくなってきて死について考え意識が朦朧としてしまいます。


重い話ですみません…

どうか、よろしくお願いいたします。

投稿日時 - 2014-04-21 18:28:19

お礼

わざわざありがとうございます。

とてもうれしいです。

投稿日時 - 2014-04-21 18:06:38

ANo.4

大人から言わせてもらえば、過去なんぞ堂でもいいし、あなたが現実の大人社会に出てきても
使えるか使えないかしか評価しない。
あなたの評価なんて、働いてもない学生なんだから学校でしか見るところがないんだから
それがなければ、価値なしとしかみません。
学校ってのは、スタートラインにたつための踏み台でしかないし、踏み台すら上れないようでは
現実世界 スタートもできません。

あなたに金がなくて餓死しようがどうでもいいことですし、どうぞ金がなくなれば
殺人強盗でも好きにしたらいいです。世の中刺激を求めています。

過去のことを書いて、何がどうなるわけなんでしょうか?
そのことを解いてもらえます?
あなたのその過去のことで、お口に食べ物が入って屋根のある家に住める道筋を示してくださいな。

ずーーとウジウジしますかね。どうぞどうぞ資金がある限りウジウジしてください。
五体満足面白おかしく食って寝をしたければ、金ですわ。
あなたが、布団にもぐって、キーボードたたいてる1分1秒 1円玉か10円玉かが
あなたの身内からどんどんなくなっている事実、当然知っていますよね。あなたのために銭がかかってるのは?
で、それをどう弁済します?まさか、タダでふんぞり返って 過去がーとかいってて
その人の懐に銭が入るなんて夢にも思ってないですよね?
そちらもそろそろ限界でしょう、あなたのために無駄がね使ってる事実
はらわた煮えくり返ってるでしょうね。あなたももっと苦しめて喜んでいるんでしょうね。

投稿日時 - 2014-04-21 15:54:38

お礼

貴重なご意見ありがとうございます。

本当に回答者様の御意見が正論だと思います。


僕の今の生活も今までの生活も、
全て僕自身の弱さが原因なのは紛れもない事実です。

それによって数多くの方々には迷惑をかけ、
親には大変な医療費等をどうにかやりくりしてもらっていました。


愛する人たちを傷つけ、苦しめた昔の自分が憎くて仕方ありませんし、
それを三度繰り返している今の自分への怒りは言葉で表せないほど大きく重いものです。

そんなことがわかっていながらもこうして家族の、友達の、先生の、すべての人たちの足を引っ張っている弱い自分を呪い殺したくなります



僕はまだ大人社会のことなど何も知らないクソガキです。
親に縋り付き泣きつくことしかできない無能なガキです。



そういった「俺はダメだから」「病気だから」と『逃げる』ような考え方が大嫌いなのですが、
体は言うことを聞いてくれないみたいなんです。


「死に逃げた」という弱さの極みを表すような行為から日々抗っています。


誰にも迷惑なんてかけたくない
恩返しがしたい

そんな気持ちとは裏腹に働かない頭、動かない体、踏み出せない足。
全て壊したくなってしまいます。





「お礼」の中にさらにダラダラと吐いてしまったことを深くお詫び申し上げます。
本当にすみません。




大人としての貴重なご意見ありがとうございました。

一個人がウジウジしていたところで切り捨てられるだけだという社会の厳しさが身に染みて理解できました。

本当にありがとうございました。

投稿日時 - 2014-04-21 18:06:01

大変ですね…。

きっとあなたは見た目も素敵なんでしょうね。

正直私にもわからないので何と言ってよいのか。


今は不登校の人はクラスに一人いるそうです。
あなたもその一人。
不登校の方々がどうやって社会に出ていけたのかを、昨日聞きました。
昨日はイースターだったので教会でシンガーが来て歌ってくださいました。
その方はひきこもりだったと話しておられました。
教会に行き、自分の弱さを出したと。
キリストに出会い、自分は癒されたと話しておられました。
どうみても綺麗で歌がかなりうまい方でした。

他に何人か引きこもりだったと聞いた事がありますが、みんなイエスキリストに出会ってから救われたとおっしゃってました。

それは私が教会に通っているので耳にする事なんだと思います。


私からのアドバイスは、教会に足をはこんでみてくださいませ。
牧師さんに話しを聞いてもらってはどうでしょうか。

教会といっても、エホバ(もろみの塔)モルモン教、統一教会は行ってはいけませんよ。

プロテスタントの教会はお近くにありますでしょうか。

投稿日時 - 2014-04-21 13:23:37

お礼

回答ありがとうございます。


僕は宗教などとは縁もなく育ってので少し距離感があり戸惑いもありますが、哲学的、倫理的な概念に関心もあるので、近くの教会を探してみようかなと思いました。

自分にはない発想だったのでとても参考になりました。
ありがとうございました。

投稿日時 - 2014-04-21 17:46:51

ANo.2

問題を小難しく考えればどこまでもそういう方向に進んでいくものです。

でので問題は、単純にシンプル化すれば、
解決の糸口を見つけやすくなるものです。


問題の数を横に並べて横から眺めれば
その数だけ悩まなくてはなりませんが

悩みごとを縦に重ねて真上から見下せば問題は
たったの一つに見えるはずです。

君の場合のそれは元凶である
精神の病を先ず焦らずしっかり治すことただ一点でしょう

とにかく君に今必要なことは過去に囚われない引きずられない
割り切りと開き直り・・そして何より心の余裕です
それさえできれば
大丈夫・心配するな・・何とかなる

投稿日時 - 2014-04-21 12:23:16

お礼

「大丈夫」という言葉が凄く心に響きました。
とても、とても嬉しいです。

どうしても物事を悲観的にとらえてしまいがちで、
尚且つ目の前のタスクを整理することが苦手なんです…


いただいたアドバイスを参考に、
一つずつ優先順位をつけて考えていこうと思います。

ありがとうございました。

投稿日時 - 2014-04-21 17:43:21

ANo.1

全部読んだ。

文才あるな。

まぁ、ゆっくり休めばいい。

投稿日時 - 2014-04-21 12:11:17

お礼

ありがとうございます

優しいお言葉本当に嬉しいです。


おかげさまで少し元気がでました

ありがとうございます…

投稿日時 - 2014-04-21 17:39:21

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