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解決済みの質問

肝硬変末期の父が次は血を吐いて倒れました…

肝硬変末期で、2月1日に肝性脳症で倒れて入院した父ですが、

腹水がお腹にたまりパンパンで、両足もむくんで腫れていました。

それでも、病院に行くと、時には冗談も飛ばしていました。

もともと糖尿病で、1年前に食道静脈瘤の手術も受けていました。

その父が、昨日の夕方、血を吐いて、個室に移動されました。

食道静脈瘤が破れたんです。

父の入院から毎日、足が勝手に父のところに向かっていましたが、

昨日は疲れてしまって、休んでいました。

その昨日に・・・・・


今日、父は一昨日の父とはまるで別人でした。

顔に血の色が無く、まるで土色のようでした。

酸素マスクをし、胸には心電図の電極が貼られていました。

父はそれでも、うわごとで仕事のことを気にしています・・・・

今日、私は午前中3時間ほど病室に居ましたが、

昼に母が来てくれて、それが限界でした・・・・

とても父を見ていられません。

しかし、父の生き様と父の死に様?を見つめないといけません。

それが、私を育ててくれた父に対する最後の私の勤めですから。

と、頭で解っていても、感情は「辛い」です・・・

3月に今の総合病院から転院と言われていましたが、

今の父に、そんな体力などあるはずもありません。

父がもうすぐ亡くなります。

もう、手紙も読むことができません。

2人の息子を立派に育ててくれた父に、最後に何をすればいいんですか???

そばに居るだけでいいんですか???

父に感謝の気持ちも伝えたい。

思春期に反抗したことを謝りたい。

でも父は・・・・

どうすれば良いんですか?????

投稿日時 - 2013-02-19 14:35:49

QNo.7953484

すぐに回答ほしいです

質問者が選んだベストアンサー

聴力は最後まで残ると言われます。
ぜひ色んな声かけをして上げて下さい。

思春期の反抗なんて、親はもうなんとも思っていないのですよ。
親の愛とはそんなに小さい箱じゃありません。

容態が刻一刻と変化していくので見守るのも辛いでしょうが、朝元気に出ていって
亡骸で帰ってくる人もいます。私の父は実家でひとりぼっちでお昼寝しながら
亡くなりました。

真冬の寒い日。親を独り寂しく逝かせたことは、子どもとしてこんな後悔はありません。
でもその後悔を教訓として生かすのが生きていくと言うことだと思います。

お父さんも精一杯頑張っています。
でも頑張りきれなくなったら、しっかりとそれを受け止めて下さい。

今どんなに尽くしても後悔は付いてきます。それは別に質問者様だけじゃないんですよ。
誰だって「ああしていれば」「こうしていれば」ということは必ずあります。
自分が気づかないことで、もっとたくさん迷惑を掛けている可能性だって人間はたくさん
あるんです。

でもみんなそれをこっそり許してもらいながら生きています。
それを学びましょう。質問者様も子どもを持てば色々ご苦労されると思います。
その時初めてお父さんの気持ちが分かります。「ああそういうことだったのか」と
お父さんと気持ちが重なるのです。

寿命は尽きますが、そういう気持ちの連鎖は途切れることはありません。
お父さんの遺志や思いは質問者様の中にちゃんと残ります。

今は、しっかりとお父さんの生き様を見届けて上げて下さい。
あの時はごめんね、ではなくたくさんの「ありがとう」「愛している」を伝えて
上げて下さい。親は子どもの何倍も子どもを愛しているのですよ。あなたに後悔が
残ることをお父さんも望んではいないはずです。


病と闘い、そして今頑張っているお父さんを誇りに思って、今は身体に触れて声を掛けて
上げて下さい。

「死なないで。頑張って」とこの世に引き戻すことも愛情ですが「お父さん。もう頑張らなくて
いいよ。お疲れ様でした」と手を離すのも愛情です。お父さんの心の声をしっかりと聞いて
お父さんが苦しみの中でも、優しい笑顔が出るようなそんな言葉をかけてあげてください。

投稿日時 - 2013-02-19 17:14:33

お礼

お返事、ありがとうございます。

この欄を借りて、皆さまに、お礼を申し上げます。
m(_ _"m)ペコ


>聴力は最後まで残ると言われます。
>ぜひ色んな声かけをして上げて下さい。

さっき、病院から帰って来ました。
さすがに、疲れるものですね。

私には、勇気がありませんでした…
勇気をください…

一昨日、吐血した父は、今日は、ほとんど寝ていました。
そう思っていました。

手紙はいくらでも書けるのに、

内気で、無口な私は、父に何も話しかけることが出来ませんでした…

いっぱい、いっぱい、「ありがとう」を言いたいのに。

母と個室の父の側で、テレビを付けたり、
演歌のCDを流してみたりしましたが、父に反応は無く…

母は父の個室に泊まり込むので、
私だけ、帰りました。



私が帰るとき、寝ている?父に小さな声で、

「父さん、帰るよ。明日も来るからね」

と、ボソッとつぶやいただけでした。


その時、もう昏睡と思っていた父が、

「ありがとう・・・ また来てな・・・」

って、言ってくれたんです!!!!!!


どうして私が父に「ありがとう」と言われるんでしょう???

反対じゃないか!!!

まる1日、父の側に居て、何をやっているんだ…!!!

帰りの車の中で、泣きそうになりました…


「父さん、今まで育ててくれて、ありがとうね」

の一言が言えない私は・・・・


勇気をください。

勇気をください。

勇気をください。

お願いします、勇気をください…

投稿日時 - 2013-02-20 22:08:19

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回答(9)

ANo.9

言えないのは、それが「いかにも最後の見送りの言葉」に感じるからでは?
私もそうでした。なんか言ってはいけない言葉な気がして。。

睡眠薬を入れる所には立ち会うのでしょうか?
それならば、入れる時に「ああ…もう本当に最後なんだ」と感じると思います。
その時なら「親父!本当にありがとう!」と言えると思います。いや、言って下さい。
「今まで育ててくれてありがとう」は言い回し的に言いにくいなら、ありがとうの一言で全部伝わりますから。大丈夫!

私は祖母の心拍数が落ちていよいよゼロになるという時に
一気に全部伝えました。それまでは言葉も少なく、ただ触れて見ているしかできなかった。

親父、ありがとうな!・・・それだけでいいです。絶対言って下さい!
勇気を送ります!届きますように!がんばれ~~~!

投稿日時 - 2013-02-21 07:13:00

お礼

さっき病院から帰って来ました。
今日は2月21日、20時です。

>言えないのは、それが「いかにも最後の見送りの言葉」に感じるからでは?
>私もそうでした。なんか言ってはいけない言葉な気がして。。

そうなんです。
その通りなんです。

ほとんど寝ている時間が長いのですが、
「水を飲ませてくれ…」
と言ったり、
今日も、私の帰り際に、
「父さん、帰るからね。明日も来るからね。」
って語りかけると、

「あ、あ、ありがとう…。 また、き、き、来て…」

と昨日と同じように、私に言ってくれました。


前の方に書かれたように、

>睡眠薬・・・鎮静剤の投与が始まるとのこと。
>厳しいことを言いますが回復はほぼ絶望的としか言いようの無い状態となっています。
>最後の苦しみを緩和する段階です。

その通り、「時」は待ってくれないです。
もう、回復はできません。

でも、でも、まだ「臨終の時」ではないんです…

父は苦しくても、頑張ってくれています…

手をさすり、ほほをなでても、寝ている父ですが、

必ず、「父さん、今日は、帰るね。」

の一言に、苦しいだろうに、

「あ、あ、ありがとう…」って振り絞って言ってくれます。

だから、

「今日はヒゲを剃らせてくれて、ありがとう…」

までは言えますが、

「親父、今まで育ててくれて、ありがとうございました。」

なんて、とても言えません…!

まだ、母と2人の息子のために、生きようとしているのに。


でも、苦しみが出始めたら、睡眠薬を点滴に入れるそうです。

それは、覚悟しています。

睡眠薬を入れられる時が、最後の言葉を父に聞かせる時ではないでしょうか?

私は、そう考えて、泊まり込んでいる母に、

「睡眠薬を入れる時は何があっても、何時でもいいから、知らせてくれ!」

とキツク言いました。

明日か明後日か分かりませんが…

それまで、別れの言葉はどうしても・・・・・(T.T)

投稿日時 - 2013-02-21 20:51:58

ANo.8

時は止まってくれないのです。

睡眠薬・・・鎮静剤の投与が始まるとのこと。厳しいことを言いますが回復はほぼ絶望的としか言いようの無い状態となっています。最後の苦しみを緩和する段階です。

それでも生きています。意識がないように見えても言葉は理解します。伝えたいことがあるのなら「今」しかないんです。生命の火が灯っているうちに、ご自身の気持ちを伝えてください。

うまく言葉にはならないはずです。一言出すと次から次へととりとめもなく言葉が出てきます。まとまりなんかないと思います。でもそれでいいんです。それが当たり前なんです。

何もできなくてもいい。側にいるだけで良い。言葉がかけられたらもっと良い。

家族に見送られて旅立つことができるほど、幸せなことはありません。

辛いと思いますが、多くの人が見送り、また自分もそのように見送られていくのです。

貴方のつとめとは、自分をこの世に送り出してくれた人が旅立つ姿を、最後の最後まで見送ることです。

後悔ないように、やれるところはやりましょう。

投稿日時 - 2013-02-21 06:41:38

お礼

お返事、ありがとうございます。

睡眠薬の時まで、「まだ」時間があるみたいです・・・


「その時」が来るまで、

「生きようとしてくれている父」には、

「死を迎えようとする父」のように接することは出来ません…


残りわずかな、はかない時間でも、

2人の息子を育て上げてくれた父です、

「生きている父」「生きようとしている父」として接したいんです…

投稿日時 - 2013-02-21 21:00:40

ANo.7

勇気ですか。
そんなに難しいことですか?
「親父ありがとう」
たったこれだけで良いんですよ。
あなたが何故躊躇うのか女の私には分りません。
お父さんも頑張っておいでです。
ならばあなたも最後まで黙って付き合ってあげて。
男にはやせ我慢が似合いますよ。

投稿日時 - 2013-02-21 01:12:42

ANo.6

最初の?質問に回答した者です。
祖母が同じ病で亡くなったので、お父様の顔色や状況がとてもよく分かります。

静脈瘤が破裂したのにも関わらず、ご存命で踏ん張っていらっしゃるとのことですので
お父様は最後まで“強いお父さん”なのだな…と思います。
見ているのも辛い状況で、とても“強さ”を感じられる状態ではないかもしれませんが
最期まで、お父さんの生き様を見届けてあげて下さい。

耳は最後まで聞こえていると思います。
大きな声で、伝えたいこと、かけてあげたい言葉、全部言ってあげて下さい。

私の祖母は、覚醒し状態が安定したと思った矢先に昏睡になりました。
安心して私が自宅(病院まで車で3時間)へ帰った途端の出来事でした。
とんぼ返りして、病院では「見た目は辛そうですが本人はもう何も感じていませんので苦しくないですよ」と説明されました。
けれど、私が「おばあちゃん!来たよ!○○だよっ!」と耳元で声をかけた時…
祖母は確かに目を開けて私の方を見たのです。とても意識のない状態とは思えませんでした。
その後は何を言っても反応ありませんでしたが、ずっと手や足をさすっていました。
私の母は、祖母に「もっと頑張って!」「まだ駄目だよ!」と声をかけていました。
私はもうすでに頑張り抜いている祖母にそんな事は言えず「そばにいるから大丈夫だよ」と言っていました。
どちらも正しかったのだと思います。悔いはありません。

ですから、質問者さんも、何が正解かとか考えず、お父様に“自分が”言いたいことを伝えればいいのです。
今までありがとう。あの時はごめんな。って何度でも言って下さい。絶対に聞こえてます。
そして、出来る限り、肌に触れてそばにいることを感じさせてあげてください。
言葉をかけることは、死後もできます。けれど、肌に触れることだけは今しかできません。
どうか、触れ合って、そばにいてあげて下さい。

投稿日時 - 2013-02-19 21:00:07

お礼

私に勇気をください・・・・

言えなかった。


「お父さん、今まで育ててくれて、ありがとう」

の一言が言えない私は・・・・

まだ父は、生きようとしているから、言えないのか???

明日から、点滴の中に睡眠薬を入れるそうです。

これから苦しくなるので。

その前に・・・

私に勇気をください・・・・

投稿日時 - 2013-02-20 22:27:26

ANo.4

お父さん、耳は聞こえていらっしゃいますよ。
是非手紙を読んで差し上げて下さい。
手を握りながらいっぱい語りかけてあげて。
本当にもう残された時間はごく僅かです。
こういう時男性って弱いです。
うちの兄もそうでした。怖いといってとうとう病室の中には入りませんでした。
旅立った後のお父さんはもう苦しみから解放されます。
でも残った私達はあの時、この時と後悔ばかりです。
どうかこれでもかというくらい一緒の時間を過ごして下さい。
経験者からはそれしか言えません。

投稿日時 - 2013-02-19 17:03:37

お礼

お返事、ありがとうございます。

上に書いた通り、私には勇気がありません…

どうか私に勇気をください…

投稿日時 - 2013-02-20 22:09:54

ANo.3

私の父の時と、状況がまったく同じです。


とにかく、今まで言えなかったことを伝えてください。
私は、お嫁に行くときでさえ
「今まで育ててくれてありがとう。
お世話になりました」も言えませんでした。
結婚しても同じ町内に住むし、仕事も父の経営する会社で
働くことになっていたので、それに、はずかしい気持ちもあり
言うタイミングもわからなくて、言えずじまい・・・


「お父さん、ありがとう」
「お父さんの娘でよかったよ」
「お母さんのことは大丈夫だからね」


もっと話したいことは、たくさんあったけど
一番言いたいことが言えたので後悔してないです。


そばにいるだけでいいんです。
人間は、最後の最後まで耳は聞こえるそうですから
とにかく、言葉にして伝えてください。


気持ちを強く持って立ち向かってくださいね。

投稿日時 - 2013-02-19 16:23:19

お礼

お返事、ありがとうございます。

上に書いた通り、私には勇気がありません…

どうか私に勇気をください…

投稿日時 - 2013-02-20 22:10:19

ANo.2

50歳の主婦です。
あなたのご相談は、何度か拝見していました。
お父様のご容態が心配ですね。

私は義父を看取ったことがあります。
最後の3晩は私が徹夜で義父の傍にいました。
あなたのお父様とは違った症状でしたが、やはりとても辛そうで、身内の者には残酷だったと思います。
嫁、という立場だったから、耐えられたのだと思います。

今までお手紙を書いていらしたんですよね。
そこには感謝の言葉や謝罪の言葉も書いたのでしょ?
あなたのお気持ちは十分伝わっていると思います。
あなたにもお子さんがいらっしゃるので判ると思いますが、親は子供に感謝してほしいなんて思っていませんよ。
子どもが健康で、尚且つ、自分の幸せを追及してしっかりと生きてくれれば十分です。
今ご家庭を持ちお幸せにしているあなたの様子を見て、きっとお父様もうれしく思っていらっしゃると思います。

来るべき時が来てしまった後、いろいろな仕事をこなすことと、お母様を支えることが親孝行になると思います。
大変な時期だと思いますが、看病しているご家族のみなさまが体調を崩さないよう、どうぞお体を大事になさってください。

投稿日時 - 2013-02-19 15:56:06

お礼

お返事、ありがとうございます…

そうです、もう何回もこのサイトに書いています。
たくさんのアドバイス頂きました。

悔いは残るだろうと思いながら、
でも、少しでも後悔が残らないように、
毎日、母との交代まで、父の側に居ました。
ただ居ただけです・・・

父はお酒が好きでした。
若いときの手術でC型肝炎に感染させられました。
インターフェロンの治療も成功せず、
肝臓が悪いのを知りながら、お酒を美味しそうに飲んでいました…

あと1ヶ月もつのか?もしかしたら?1年もつのでは?
と淡い期待もしていましたが、
突然の吐血と、酸素マスクに心電図の姿に・・・

一口だけでもいいから、お酒を呑ませてあげたい…

父に反抗した私も家庭を持ち、子供が出来て、父と母の気持ちが、
ようやく解るようになりました。

家が近いから、毎週のように孫を見せに連れて行きました。
だから?うつ病になって父の期待に添えなかった私も、
少しは父に孝行できたつもりでいました。

私はいま、子育て世代で、忙しいですけど幸せです。

来るべき時が来たんですね・・・

私は9時から12時までしか病院にいません。
母は12時から6時まで病院にいます・・・

今日の私は、父から逃げるように帰って来ました。
土色の顔をした父から逃げてきたんです。

たまらなくなって、車の中で音楽に合わせて大声で歌いました。
家に帰って、父を忘れるかのように、CDをかけて歌いながら、
今日の晩ご飯を作っていました。さっきまで。

でも、料理が終わると、父と母が心配で、放心状態です…

情けない男です…

投稿日時 - 2013-02-19 16:49:06

ANo.1

はじめまして、初老の私にとってはわが身につまされながら読ませて頂きました。でも、只側で手を繋いでくれるだけで貴女の暖かさが伝わり、心安らぐものです。そしてきずけば必ず何か声をかけられると思います。明日かもしれないわが身と思い返事を書いていますが、私は子供二人居ますが、もう5年以上あっていません。ネットで徘徊する事が只一つの私の元気な証しなのです。
子供たちは遠く又諸事情で会うことも出来ないのですが、生きているということはすばらしいですね。
ですから、最後はせめて見送ってあげてくださいね。辛いお気持ちは察して余りありますが、これも順番です。出来れば好きだったものを近くへ置いてくださいね、かならず一度は正気になって、話しますからね。では失礼・・・

投稿日時 - 2013-02-19 14:56:51

お礼

一番、初めにお返事頂いたのに、申し訳ありません。

上に書いた通り、私には勇気がありませんでした。

父の好きなお酒を病室に持って入っても良いんでしょうか???

一昨日、吐血した父は、今日の昼にやっと水だけ飲んでいいと、

許しが出ました。

生きている間に、せめて舐めるだけでもいいから、

お酒を味わって貰いたいと思っています・・・・・

明日も、父を見つめに行きます。

それが私のせめてもの父への「務め」ですから・・・・

今日は疲れました。

でも、父を看取るまで、疲れてボロボロになっても良いです。


だって、大好きな父がもうすぐいなくなるんです・・・

投稿日時 - 2013-02-20 22:19:46

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